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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)33号 判決

原告 岡田富士男

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第六九三号事件につき昭和三十一年七月二十八日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告は請求の原因として、

一、原告は昭和二十七年一月十七日その発明「万年カレンダー」につき、特許庁に特許出願をしたところ、昭和二十八年四月九日拒絶査定を受けたので同年五月八日抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十八年抗告審判第六九三号事件として審理され、昭和三十一年七月二十八日右請求は成り立たない旨の審決がされ、右審決書謄本は同年八月十七日原告に送達された。

本願発明の要旨は「平年連続の場合を基準に置き、一年の十二ケ月を日の数と曜日の種類とが常に一致し又は一致しない七種の月組に分類し、一ケ年内に於て七曜日の順に循環する月組の順位と、年毎に一定の月が特定の曜日に該当する月組の順位と、閏年なる当年三月一日以降は次年三月一日以降に該当すること等の要件を適用したユリウス暦及びグレゴリオ暦各一葉による万年カレンダー」であるところ、審決はその理由において、本願の発明はその出願前国内に頒布された刑行物に容易に実施できる程度に記載されたものと同一であるとしている。

二、然しながら審決の論拠とするところを以てしては審決の右見解を是認せしめるに足りない。何となれば審決の理由はグレゴリオ暦に関して述べているだけであつて、ユリウス暦については何も言及しておらず、又審決は「暦日は二十八年を週期として同月、同日、同曜日の状態を繰り返すことは計算上でも明らかで」あるとしているけれども、右の計算は誤であつて、西暦の一七〇〇年、一八〇〇年、一九〇〇年又は明治三十三年等はこの計算に合わないからである。

三、上記の理由により審決は不当なるものであるから、原告はその取消を求める為本訴に及んだ。

と述べ、

被告指定代理人は答弁として、

原告の請求原因一の事実を認める。

同二の主張はこれを争う、即ち、ユリウス暦とグレゴリオ暦とは何年から何年まで用いられるという特定された条件はなく、いずれも暦の種類であつて、西暦一五八二年以前はユリウス暦で、それ以後はグレゴリオ暦で、月、日、曜日を表示しなければならないという絶対的のものではなく、本願発明の要旨は結局(一)平年連続の場合を基準に置き、(二)一年の十二ケ月を日の数と曜日の種類とが常に一致し又は一致しない七種の月組に分類し、(三)一ケ年内に於て七曜日の順に循環する月組の順位と、(四)年毎に一定の日が特定の曜日に該当する月組の順位と、(五)閏年なる当年三月一日以降は次年三月一日以降に該当すること、なる五要件を具備したユリウス暦とグレゴリオ暦の一部分ずつを表示したもの二葉を具備すればよいというべきところ、

一、審決引用の昭和十六年実用新案出願公告第四五〇五六号公報(乙第一号証)に記載された万年暦は明治十七年から昭和七十年までのものであるが、わが国ではグレゴリオ暦法が採用されているから、右万年暦は勿論グレゴリオ暦に関するものであり、この万年暦は本願発明要旨の前記五要件を具備しているから、グレゴリオ暦に関する限り、本願発明のものと全く異るところはない。

二、而して原告の本訴請求の原因とするところは要するに、本願発明ではユリウス暦及びグレゴリオ暦のあらゆる年における月、日と曜日が対応するに対し、審決はグレゴリオ暦に関して一〇〇の倍数を一〇〇で除した商が四の倍数でない年が平年である点を考慮に入れていないから失当である、とするにあるものと解されるところ、この点はグレゴリオ暦の定義であつて周知の事実であり、前記の審決引用の実用新案公報も、その表中に於て該当の年なる明治三十三年を平年としている。この事はある特定の日の曜日の月日が決定すれば、二十八年を週期としてその前又は後に循環的に当て嵌め得るところであつて、審決でも右のような場合に二十八年の週期と異る循環をすることを考慮して本願発明が引用例と右の点につき具体的表の構成に差異はあるけれども、容易に改変できる設計変更として、この点に発明を認めなかつたのである。又同様にユリウス暦についてもグレゴリオ暦との相異は公知の事実であるから、これを表にすることに発明を認めなかつたのである。

三、結局本願の一実施例なる西暦一五八二年以前がユリウス暦、その以後がグレゴリオ暦、として、西暦二〇〇〇年までを表示したものは(登明の要旨外に属するけれども)、引用公報から当業者が閏年の特別の場合を考慮に入れて発明力を用いずして容易に想到し得るものであり、換言すれば通常は二十八年を週期として循環するが、西暦一七〇〇年、同一八〇〇年、同一九〇〇、同二一〇〇年等の当然閏年となるべき年が規約によつて平年となる場合は特別の日が循環の日からずれ、それから次の特定の日まで二十八年を週期として循環することは明らかであり、右の点につき発明は認められない。

これを要するに審決は原告主張のように不当なものではなく、原告の請求は理由がない。

と述べ、

原告は被告の右主張に対し

西暦一五八二年以前がユリウス暦、その以後がグレゴリオ暦ということは絶対的でないとの被告主張事実を否認する。西暦一五八二年は十月四日まではユリウス暦、十月十五日以後はグレゴリオ暦として取り扱われ、従つてその年の日数は三五五日だつたのである。

尚本件特許出願書添付の図面には、西暦二〇〇〇年までしか表示してなけれども、これにより無限の西暦年につき有効な使用法がその明細書に記述されてある。

当然閏年となるべき年が規約によつて平年となる場合は特定の日が循環の日からずれ、それから次の特定の日まで二八年を週期として循環することが明らかであるとの被告の主張は誤つている。即ちこのいわゆる平年となる年を西暦一九〇〇年とし、特定の日を三月一日とすると、次の特定の日とは次の当然閏年となるべき年が規約によつて平年となる年即ち西暦二一〇〇年の三月一日になり、被告の主張に従えば西暦一九〇〇年三月一日から、西暦二一〇〇年三月一日までは二十八年を週期として循環することが明らかであるということになる。二十八年を週期として循環するというのは二十八年を週期として同月、同日、同曜日の状態を繰り返すことであるとすると、西暦一九〇〇年及び西暦二一〇〇年は特定した平年の年であり、これ等の年と二十八年を週期とする年は四の倍数の西暦年数であるから皆閏年ではないからである。

と述べた。

(各立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実は被告の認めるところである。

而して本願発明の要旨が(一)平年連続の場合を基準に置き、(二)一年の十二ケ月を日数と曜日の種類とが常に一致しない七種の月組に分類し、(三)一ケ年内に於て七曜日の順に循環する月組の順位を採用し、(四)年毎に一定の日が特定の曜日に該当する月組の順位を採用し、(五)閏年なる当年の三月一日以降は次年の三月一日以降に該当すること、の五要件を適用したユリウス暦及びグレゴリオ暦の各一葉から成る万年カレンダーに存することは前記の通り当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によれば、右発明は一覧表の作成をし、併せて一定期間内における同一関係のものを総括的に知らしめることを目的とするものであることが認められる。

次に成立に争のない乙第一号証(審決引用の昭和十六年実用新案出願公告第四五〇五号公報)によれば、同実用新案公報は本件特許出願前なる昭和十六年四月十日特許局で発行されたものであり、これに記載された万年七曜暦はグレゴリオ暦(現在わが国で使用されているもの)であつて、明治、大正及び昭和にわたり(但し明治は十七年以降、昭和は七十年までが図示してある)、任意の年月の七曜を知ることを目的とするものであること、而してその添付の図面では大体において縦横の太線で全体を四欄に分け、左上を年号欄、左下を月欄、右下を七曜欄、右上を日欄とし、上部の年号欄及び日曜は縦を七つ、横を五つに、又下部の月欄及び七曜欄は縦横共七つにそれぞれ等分し、日欄には1から31までを左上から横に順に記入し、七曜欄には日曜から土曜までを右から左へ各行順に一つ宛繰り上げて記入し、年号欄には各閏年の前を一区劃だけ空欄として、その第一図には昭和十五年(左上端)以降二十八年分即ち昭和四十二年までを左上から横に順次記入し、又月欄には前記三欄から求められる相当月数即ち十二ケ月を日の数と曜日の種類とが常に一致しない七種の月組とし、且この七種を曜日の順に循環する月組の順及び一定の日が特定の曜日に該当する月組の順に配置して、その第一行には第一組九、十二、第二組六、第三組二、三、十一、第四組閏二、八、第五組五、第六組一、十、第七組閏一、四、七の七組を順次左から右に記入し、以下各行はこれを一つ宛繰り下げて記入したものであること、尚右の表では閏年一、二月はその年と三月以降と一日のずれのあることを月欄に閏一、閏二として一区劃だけずらして表わし、又その第二、第三及び第四図にはそれぞれ明治十七年から明治四十四年まで明治四十五年から昭和十四年まで、及び昭和四十三年から昭和七十年までの年号欄を示していることが認められ、以上の認定を動かすに足る資料は存しない。

前記本願発明の要旨と引用公報の記載事項とを比較するに、前者はユリウス暦に対するものと、グレゴリオ暦に対するものとの二種の表各一葉を以て右両暦の暦関係を表わしているに反し、後者はグレゴリオ暦によつてわが国の暦関係を表わしている点で相違しているが、両者共に前記の本願発明の要旨に示された五要件を満足させている点では全く一致しているものと解すべく、而してグレゴリオ暦を表にして一見してこの暦法による或る年月日と七曜との関係を知ることができれば、これを他の既知の暦法例えばユリウス暦に応用することは何等発明思想を用いずに実施し得るものと解され、従つて本願発明の要旨は既知の暦法を前記の五要件を満足させるように万年暦として表に作成することに帰し、これをユリウス暦及びグレゴリオ暦のそれぞれ一葉宛の表にしたことには何等発明として見るべきものがなく、結局本願前すでに引用公報の存する以上特許法第四条第二号の場合に該当し、同法第一条の特許を受け得る要件を具備しないものといわざるを得ない。

而して審決の説くところは畢竟当裁判所が以上説示したと同一見解を採り本件特許出願を排斥したに外ならないのであつて、審決の理由の表現の仕方に幾多の誤つた点や、適切でないものが存しないわけでもないけれども、これ等の点が審決を違法ならしめるものとはし難く、以上当裁判所の判断した以外の原告の主張はすべてこれ等審決の表現の仕方に関するものであつて認容することができない。

然らば結局審決は相当であつて、原告の請求は理由のないものとする外はないから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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